切れ端を拾った。素敵な言葉が並んでいる。
俺も部分的に試してみよう。結果やいかに。
【テストピースA】
十年くらい前の話になる。
優しさの先に何があるのか、その先を見てみたいと思った。
でも結局のところ、自分がした……換言すれば「施した」優しさがもたらしたものは、いかに空っぽであったか。
他人を救えない。
何も聞こえない。
何も返ってこない。
かろうじて耳を澄まして聞いてみた時、どうやら確かな音がする……自分の知らない。
たくさんの「ない」が濁流のように押し寄せ、全てが無に帰す。
実現しようとしたものが絵空事に過ぎないという事実と、呆然と立ち尽くすだけの自分を残して。
見渡した景色が、なんにも無くても。
優しくしようとした他人の、多少の苦しみも一緒にどこかへ流されて。
まあ風通しは、幾分良くなったんじゃないかな。
じゃあ十分か。十分だ。
そう強がってみて、置きざりになった自分の心はあてもなく彷徨うばかりで。
それじゃあ一体、優しくされたいのは誰だったのか?
結局今でも、こういうことの繰り返しを生きているらしい。
しかし、誰かが差し伸べなければ消えてしまうかもしれない、灯火の話だ。
何万、何億分の一でも消えてしまう可能性があるのなら、放ってはおけない理由としては十分だと思う。だから何度だって繰り返す。
とはいえ。
どうやら大抵、自分が思っている以上に他者は強かに生きているらしい。
自分がそうしなくても、勝手に歩き出す。それは望ましいことなのに。なんだよ俺要らねえじゃん、と勝手に怒り出したら、本当にしょうもない。
やっぱり、自分が優しくされたいだけだったのだろうか。みっともない。
……ないない尽くし。
【テストピースB】
優しさを信じたい。優しくありたい。
自分が何故そうしたいのか。そうするのか。言葉に収めたくないその衝動。
「自分がそうされて嬉しいから」……というのは、部分的にそうだ。ぶっちゃけ。
でももう少し言えば「そうされた時に君はどう思った?」ということを聞きたい。
まあ、大抵それに答えてくれやしないのだけれど。
あれ?見返りみたいなものじゃんかよ、それは。
【テストピースC】
幼い頃に観ていた、巨大ヒーロー番組。
そのヒーロー……彼は、街で暴れ回る怪獣をやっつけるために戦っているのではなかった。
なんと基本的に、なだめ、いさめる。
怪獣を浄化して、保護するのである。憎むべき、倒すべき敵としてではなく。
しかしそのうち優しさだけでは手に負えない怪獣が出てきて、大ピンチに陥る。
そうなるといよいよ彼は太陽のごとく燃え上がり、さすがに怪獣を倒しはじめた。
「強さ」の体現であった。
世の中、「優しさ」だけでは世界を救えないらしい。
ここまで、物語はまだまだ序盤。
本当は倒したくない怪獣を、不可抗力で倒してしまった時、彼は「優しさ」と「強さ」、二つの間で板挟みになる。
どうしようもなく矛盾するものを抱えて、答えが出ないままとうとう彼は敗北してしまう。
物語はこの先、一体どうなってしまうのか?
彼はこの矛盾を乗り越えることができるのか?
ものすごく面白い……というか、俺の原風景はそこにあるので、いつか別途記事にしようと思う。
【テストピース???】
「あなたのためを思って」という言葉が喉から出かかった時、猛烈な吐き気に襲われた。脳裏に浮かんだのは、母の泣きじゃくった顔だった。
どれだけ長い年月をかけて、今の俺を形作ってくれたのだろう。……こんな歪な形にしてくれたのだろう。
「ためを思って」という口ぶりは、俺が最も憎むべき束縛の一形態であり、一存在に対する安直で安っぽい規定である。
何が無償の愛だ。
本当にあるのか、そんなもん。
……あると信じても、良いだろうか。
そうじゃないと俺は。
[検証結果]
何年も先になるのか、はたまた永遠にわからないままなのか。
下流で待つ。座して。
やっぱ、うたた寝できるくらいが理想なのかなあ。
〈了〉
